渉外法務の魅力 ~「飽きない」仕事
日々新しいことへの挑戦~
工藤 拓人 さん
第5期修了生
弁護士法人キャスト・ホーチミン支店・弁護士
ご経歴
2008年 東北大学法学部卒業
2010年 神戸大学法科大学院卒業
2010年9月 司法試験合格
1年の修習後、
2011年12月 弁護士登録、弁護士法人キャストに参画
2013年 1年間中国上海にて中国語語学研修及び一般企業内研修
2014年 弁護士法人キャスト・ホーチミン支店に所属
2015年 同支店代表
現在、異国の地ベトナムのホーチミンで渉外法務をされている工藤拓人弁護士にインタビューを行いました。 工藤弁護士は司法試験に合格後、司法修習を経て、弁護士法人キャスト大阪事務所に入所し、2015年6月に入所4年目に同事務所の海外支店であるベトナム支店の代表、現在までホーチミンで業務に従事されています。 今回のインタビューでは、弁護士を目指した理由、神戸大学で学んでよかったことから、現在の仕事の内容やその魅力、国内での弁護士活動と海外での弁護士活動の違いなど、渉外法務でご活躍されている工藤弁護士にこそ聴きたい質問を多数させていただきました。 ぜひ、法科大学院進学を目指される皆様の進路選択に役立てていただきたいと思います。
弁護士を目指した理由
弁護士を目指されるにいたったきっかけなど教えてください
高校時代、もともと人と喋るのが好きで、人と話す仕事がしたいなというのと、自由な立場でありつつ責任を持って仕事が出来る職業がいいなと思っていた。そのことを、当時の担任の先生に二者面談の際に話したところ、文系でそのような仕事をするなら弁護士はどうかと勧められた。当時、ロースクールが出来ることが決定された直後くらいだったと記憶しているが、それだったら私もそのレールに乗って弁護士目指すのもありかなと思い、そこから漠然と法学部思考になりました。そこまで深く考えてはいなかったものの、周囲に全くいなかった弁護士になることができれば、周囲の人を助けることができる立場になれるのでは、とも考えたと思います。
学部時代はどうでしたか?
学部生時代は東北大学だったのですが、基本的に人と飲みに行ったりするのが好きなので、週5日でバイトし、それをほぼ全部飲み代に使っていました(笑)。そのうち半分くらいは一人で赤ちょうちんのような居酒屋に入って、隣に座った父親くらいの年齢の大先輩の社会人と色々話していました。今でも初めての方と話して楽しいと感じるのは、この時楽しかった記憶があるからだという気がします。ある意味自分的にはこういうのが向いているなと。もちろんこちらに合わせてくれていたのでしょうが、年上の人が対等に喋ってくれましたし、その人の仕事の話を聞いたりするのも楽しかったです。弁護士になればより年上の豊富な人生経験を持った人と関わりあうことができるなと思い、弁護士資格を取ることをより意識し始めました。
勉強面では、大学に入る前からロースクール進学を決めていたので、学部ではいい成績を取ることは意識していました。だいたいアルバイトやサークルに時間を割いていたので、授業には出てノートを取り、テスト前にノートを頭に詰め込むようにしていました。ただ、法学部だからといって周りに弁護士の知り合いもおらず、弁護士のイメージは交通事故とか離婚事件とかをやるのかな、程度でした。そういう程度のイメージでしたので、具体的に弁護士になるためにしたことはほとんどなく、行政書士試験を合格したのと、ロースクールの受験勉強をしたことくらいかと思います。法学部では一緒にロースクールを目指す友達がいなかったので、予備校本を使ってほぼ独学のような形で勉強してしまい、結構苦労しました。
法科大学院生のときはどうでしたか?
弁護士という職業が具体的に見えてきたのはロースクールに入ってからです。ロースクールでのエクスターンシップで初めて企業法務をメインとする大阪の大手事務所に伺い、企業活動を裏側からサポートする弁護士がいることを初めて知りました。いま考えればそのような弁護士がいるのは当たり前じゃないかと思うのですが、山形でも仙台でも周囲に弁護士が全くいなかった私にとっては当時かなり意外に感じました。その後も、企業法務に対する興味が深まり、東京と大阪の大手事務所でのインターンシップに多数申し込み、弁護士の仕事に対する視野がかなり広がりました。それらの中で、日系企業の海外分野の法務をサポートする渉外法務を多く扱う事務所があり、企業法務の中でも日本だけでなく海外の法務をフォローする必要のある渉外法務が魅力的に感じてきました。司法試験後、渉外法務を中心とする法律事務所に就職活動をしたのは、それがきっかけでしたね。そういう面で、法科大学院生時代はそれまでの弁護士という職業の見方を広げるものでした。もちろん一番時間を割いたのは勉強ですが、それは当然のことですし、あまり思い出したくもないのでここでは省略でいいですか(笑)。
仕事の内容とその魅力
ベトナム支店の代表になるまでの経緯
工藤先生は今、ベトナムの方で渉外法務をされているとのことですが、それまでの経緯などを教えてください。
ホーチミン支店受付前
弁護士法人キャストは、もともと中国で日系企業を多くサポートすることで拡大してきたグループです。中国主要都市、香港、ベトナム、ミャンマーに拠点があり、日本は東京・大阪と2拠点あります。もともと主要業務であった中国業務は、日本人弁護士・中国人弁護士の他に会計士・税理士・コンサルタントも数多く在籍し、法務だけではなくて会計・税務、市場調査などもワンストップで行っています。
ホーチミン支店からの風景
他方で、「チャイナ・プラスワン」で中国だけでなくベトナムにも現地法人を設立する動きが加速したこともあり、3年前に弁護士法人の支店という形でホーチミンに支店を設立しました。私が中国の上海に1年ほど駐在して大阪に戻っていた2年ほど前、大阪で中国関連の案件と日本の企業法務の対応だけでなく、ベトナム業務にも携わり始めました。その後、約1年前くらいに私が支店の代表となり、現状もベトナム側のトップとして日系企業のサポートを行っています。ベトナムに住んで2年近くですね。
ベトナムでの渉外法務の魅力
工藤先生にとって、今のベトナムでの渉外法務の魅力はどういうところにありますか?
ベトナムという非常に魅力的な市場で、お客さんの前向きな案件に、弁護士としてであっても積極的に関わっていけるというところが大きいです。ベトナムは、今経済的に大きく成長しています。でもまだ年間の一人あたりGDPは2,000米ドルちょっとで、まだまだ発展途上の段階です。10年以上前から今に至るまで、ベトナムに工場を作り、それを日本やアメリカ、中国に輸出する労働集約型産業が行われていました。外資がこのような産業をベトナムでする一番大きい理由は、もちろん労働者の賃金コストが安いからです。いまでもこのような工場の設立のためにベトナム進出する日系企業も多くあります。こうした場面では、我々弁護士としては進出時の設立法務やM&A、設立後の労務・税関のサポートなどがメインの業務となります。
しかし、今では毎年最低賃金が上がってきており、近い将来、ベトナムで製造して純粋に海外に輸出するという形態だけでは生き残って行けなくなくなるでしょう。そういう状況ですので、ベトナムに進出してくる外資企業が次に考えるのは、ベトナムマーケットにいかに売れるものを作るかというところです。日本は人口が1億人以上いますが、ベトナム人も9千万人いる。近年では毎年GDPが6~7%伸び、今後もベトナム人個人の消費力がどんどん増大する中で、現在進出が増えている企業は、ベトナム人マーケットを見ています。そのため、サービス・小売業、不動産業などの投資が著しく伸びてきているのが現状です。
ここでベトナム経済の細かい話をしても仕方ないので、何が言いたいかというと、労働集約型産業がもし収縮していったとしても、次にベトナム人向けのマーケットが伸びるということで、新しい業種がどんどん進出してくるので、全体としては前向きな投資案件が多いということ。既存の工場などもまだ頑張っているから、日系企業数は飛躍的に伸びており、現在ベトナムで2000社以上の日系企業が進出していると言われます。今からベトナムで稼ごうという意味での前向きな案件がすごく多くて、そういった進出のスキーム作りや契約関連の手伝いをしているので、かなりポジティブで面白い仕事だと思っています。お客さんのエネルギーをこちらも分けてもらえるといったイメージですね。
中国法務もやっていましたけど、日系企業とすれば伸びている時に会社を作りすぎたとか、逆に今赤字が続いているだとか、そういうところも多く結構撤退の業務もあるんですよね。中国から撤退するのは労務面・税務面が非常に大変なので、撤退の支援をするということも我々の主力の業務の一つなのですが、前向きかどうかという意味で言うと後ろ向きの案件も多い。日本法務においても企業設立時点で弁護士が関わるケースは少なくて、相対的にトラブルになってから関わるケースも多い。もちろん企業法務では、トラブルにならないように契約書を作り込むというのは共通していますけれど、相対的に日系企業が進出し、投資スキームの時点から手伝うという意味で前向きな仕事が多いのがベトナムかなと。そういった各企業の未来の発展を見据えてお客さんとお話しするので、私としては非常に楽しいです。あとは東南アジアなので、気候も雰囲気も暖かいし、みんな明るくていいですね。
渉外法務の大変なところ
現在の仕事で大変なところってありますか?ベトナムという異国の地なので、文化が違ったり、法制度が違ったりといろいろあると思うのですが。
ホーチミン市人民委員会前の風景
ベトナムは社会主義で、法制度も違うんですけど、だからこそ我々がやる意味があるわけなんで、特にやっぱり中国でもベトナムでもそうなんですけど、社会主義っていうのもありますし。まず法律が未整備なところから始まっているので、どんどん変わっていきます。毎年重要な法律がどんどんできるし、改正されてしまうので。日本だったら法律・政令・通達というように上位法令が下位法令よりも優先するよっていう原則なわけですけど、ベトナムは基本的に共産党の方針にもとづいて法令を作っていくので、法令の後に通達などが出てきて、その通達に細かく書いてあれば、法令と矛盾しているようなことであっても通達の方が優先されるのが実務上普通なんですね。だから法律が変わったところだけじゃなくて、その政令・通達・決定などのレベルも全部把握しておかないと全然わかっていないってことになってしまう。
それだけではなくて、たぶん日本のロースクール生から見ても一番違うのは、法律がそもそもないことが多いし、あっても抽象的なものが多いということ、行政の担当者ごとに解釈が違うとか、省や市によっても全然解釈・運用が違うとか、そういうのが普通なんですよね。日本だったら大体ガイドラインを出して、運用する頃には皆さんの各市町村の対応が決まっているのが普通ですけど、それが決まっていないから。法令はこう規定しているというのをちゃんと確認したあとで、行政はそれに対してどう考えているかも確認しないと非常に危険。法律上こうですよといっても、実際できないことがいくらでもあるのでそれをアドバイスしてあげなければ絵に描いた餅をアドバイスしていることになります。
他にも、日本とは違う文化圏で仕事をしているわけですので、交渉する場合に文化の差を大きく感じる場合や、債権回収の困難性など、日本と異なる場面も多いです。そのあたりは慣れていくしかない部分もありますね。
日本でなら『法律はあるけど、グレーなところを攻めていく』って感じですけど、ベトナムだと『法律がないから、自分で、ある法律や条文から解釈して作っていく』っていう感じなんですね?それってすごく難しいことですね。
そうですね。でも、こういう事業をしたいという依頼が来た時に、じゃあこれができるのか検討するわけですけど、法律に書いてないからできません、なんて答え方をしたらベトナムでビジネスするのに全く意味がないわけです。どうやってそれをできるようにするかっていうのを法令も前提にした上で行政の担当者にも確認し、それがこちらの意に沿わない内容であれば、条約や法令を解釈して交渉しないといけないですね。法律にないからではなく、法律がなかったり抽象的だったりするけど、それをなんとかできるように最善を尽くすところに大きい意味があるんじゃないかなと思います。
他の事務所との差別化
先生はブログやセミナーを数多くなさっておられますが、どういう目的でなさっているんですか?
確かにベトナムの法制度などを体系的に書いているブログやQ&Aデータベースを作って更新していますし、日本の東京・大阪やベトナムでセミナーを多く開催しています。そもそもベトナムの情報というのは日本の情報よりも圧倒的に少ない。その少ない中で、必要な情報にできるだけ迅速にアクセスできるようにするのが自分にできることの一つだとは思って活動しています。日本ではベトナムへの進出を考える企業の方や進出している企業の本社管理部の方向けに進出や法務の重要ポイントのセミナーをしていますし、ベトナムでのセミナーでは労働問題や税関問題などの問題になりやすい管理面についてお話ししていますね。
実際のセミナー風景
当然ながら、営業的な側面もあります。他の法律事務所はこういうことをあまりやっていないので、この事務所・この弁護士に対応してもらえることに意味があるな、ここと契約結んでよかったなと思ってもらえるきっかけになればいいかなと思っています。でも、これらの一つ一つでお客さんが得れるわけではなくて、セミナーもやっているし、ブログもやっているし、ちゃんとしたところにも寄稿したりもしているし、QAサイトもやっている、実際に話しても納得できる、という総合的な観点で信用してもらうしかないです。こういった差別化の取り組みは重要だと思っています。
今後の方針
先生の今後の展望についてお聞かせください
今後は、日本とベトナムでもっと弁護士法人キャストホーチミン支店の認知度を増やしてより多くの企業のサポートをしていきたいということ、それに伴いホーチミン支店も大きくしていきたいと考えています。やっぱりベトナムでやっていくと決めた以上、ベトナムにいる日本人弁護士の第一人者として認知されるところまでいきたいと考えています。もっとも、現地への支店設立時期としては早い方ではないので簡単ではありませんが、お客さんにメリットのある業務ができるように地道に継続していけば、結果も出していけると感じています。
ベトナムの成長スピードに加え、いまアメリカ大統領選もあり発効できるかわかりませんが2016年2月にTPPも締結され、より東南アジアにおけるベトナムの重要性が増していくことになります。ただ、それだけではなくASEAN全体も成長を続けていますし、ASEAN経済共同体(AEC)が成立して、よりASEAN10カ国が有機的につながりを持っていくことになります。ということは、まずベトナムに進出していきている企業であっても、ベトナムをハブにしてタイ・ミャンマー・カンボジア・ラオスその他のASEANにモノを輸出したり、サービスを展開したりするケースが急増していきます。
私はベトナムを専門としていくわけですが、このような状況においてはベトナムだけに対応できることで十分だとは思っていません。各国にいる弁護士や他の専門家と有機的につながりを持って、ベトナムだけではなく、他国の法務・税務・会計にもサポートできる信頼できるコミュニティーを作っていきたいです。これは自分や自分の会社だけでできるという必要はなくて、そこのスピード感や一体感を保ちつつ、質の高いサービスを提供できればお客さんの満足を得られると思います。
企業以外をサポートすることも考えていらっしゃるのですか
企業サポート以外としては、個人富裕層が海外に投資する場合でも税制面も含めてサポートできるような体制にしていきたいですね。法務しか見ることができないということは、投資スキームの一面しか見ることができないということになってしまいます。法務面からいえば問題ないけど、税務面からしたらすごく損だったり、違法になりかねない場面もある。また、投資時だけでなく、相続対策も考えているかという時間軸も動かして検討していく必要があります。
こうしたアドバイスをするためには、ベトナム法と日本法がわかっているだけではダメで、ベトナムと日本の税務もわかっている必要があり、こうした意味でベトナムにいても日本の法律を学ぶ意義は大きいですし、日本の税務も学んでおかなければならないと思っています。このようなことは、何も海外の弁護士に限られることではないと思います。例えば、日本でも弁護士が遺言の作成を頼まれたとして、相続税のこととなどを考えてやれているかどうか、「遺言頼まれたから書きました」で終わりになっていないか、という意識は必要だと思います。遺言を作って終わり、「後の税務面は税理士さんに頼んでね」となることも多いのだと思うのですが、そもそも全部遺言でやるのか、お子さんに生前贈与しておかなくていいのか、単に節税という観点からだけではなくて、会社をお子さんに継がせるならこういう方法で残した方がいいのではないですかといった事業承継という面から見てもメリットがあるし、税制面でもメリットがあるアドバイスの提供ができることが弁護士にも求められていると思います。このようなワンストップ型で個人に寄り添うサポートの需要があるのは間違いないので、そういうことをグローバルな視点でやっていければいいなと思っています。日本の弁護士はどちらかというと一つのことを深めるというところに目が行きがちですし、それも非常に重要だと思うのですが、私の場合は同じことだけをしていると飽きてしまう性格でもあるので、多角的な目線で業務をしていくのが自分に合っていると考えています。
法科大学院生時代に学んでよかったこと
法科大学院生時代の勉強で今に活きていることなどあれば教えてください
まず、弁護士として最低限の法知識や法的思考能力はやっぱり必要なので、その基盤としてロースクールで論理的思考をしながら学ぶということがとても重要だと思っています。今やっていることはロースクールで学んだこととはある意味全然違うんですけど、別の法分野であっても法律論を構成するときや、その解釈をもとに契約書や意見書を書くとき、また相手方を説得するときには、ちゃんと勉強したバックグラウンドがないとできないと思うんです。だからそういう面でロースクールの勉強は役に立っているなと思います。神戸大の教授陣の方々は教え方もすごくわかりやすく、同期もみんな優秀だったので、教授陣や同期と議論しながら勉強していたことは、自分の論理的思考の基礎になっていると思います。
神戸大学法科大学院で勉強している後輩やこれから法科大学院に入学しようと考えている人たちに一言
神戸大学法科大学院で勉強している後輩やこれから法科大学院に入学しようと考えている人たちに一言いただけますか?
法科大学院に行くっていうことは、弁護士などの法曹になって、何かをしたいっていうことだと思うので、当然司法試験の勉強に集中するっていうのは絶対必要だとは思うんですけど、その先に何かあるのか、自分がやりたいこととしてどういうものがあるのかっていうことも考えながら過ごした方がいいと思います。その後弁護士になってこういうことをしたいっていうのがあるんだったら、その下地作りをしてみるとか、そういう人に話を聞いてみるとか。勉強だけをしているんだっていう感じよりは、そういう他の目線も持った上で法律を勉強した方が身になるんじゃないかなと思います。まあ、自分を振り返ると、特に何をしたらよいかわからない時も多かったので、悩む時間があるくらいならまずは勉強したほうが良いとは思いますけどね、正直(笑)。
ありがとうございました。さらなるご活躍を期待しております。
インタビュー実施日:2016年5月7日
インタビュアー及び記事編集者:小川未幸