大学院の歩み

街弁から、ラオスでの仕事、そしてアメリカ留学

棚橋 玲子  さん

第3期修了生
弁護士


ご経歴
2006年 3月 東北大学法学部卒業 
2008年 3月 神戸大学法科大学院修了
2009年 12月 愛知県弁護士会登録、丸の内綜合法律事務所入所
2014年 10月~2016年11月 行政法人国際協力機構(JICA)ラオス人材育成強化プロジェクト(フェーズ2)長期専門家派遣
2018年 5月 Duke University School of Law(LL.M)卒業

本法科大学院修了後、現職に至るまでの経緯を教えてください。

法科大学院修了後、修習地であった名古屋の法律事務所に就職しました。名古屋には、まだ企業法務を専門にする大型の法律事務所はなく、私の所属事務所も企業関係の事件も一般民事も両方扱ういわゆる街弁と呼ばれる事務所です。勤務弁護士として約5年間働いた後、国際協力機構(JICA)が行っているラオス人材育成強化プロジェクト(フェーズ2)の長期派遣専門家としてラオス人民民主共和国に2年1か月赴任し、その後、平成29年8月からアメリカのDuke大学のロースクールに留学しています。現在はロースクールの課程は修了し、7月末に行われるニューヨーク州司法試験に向けて勉強しています。

今のお仕事を選ばれた動機やきっかけをお聞かせください


Duke大学ロースクール前で。自然あふれる広大なキャンパスです。

留学先の日本人の多くは大手渉外法律事務所の弁護士ですが、私自身は大学院修了時に国際的な仕事をしようとは思っておらず、そのような種類の法律事務所への就職活動も行いませんでした。就職した法律事務所では様々な事件を経験する等やりがいを感じていたのですが、一方で仕事に慣れてきた頃から、典型的な弁護士としての仕事以外に違うキャリアを経験し視野を広げたいと思うようになりました。ちょうどその頃、友人が海外赴任になったこともあり、海外で働くことに興味を持ち始めました。といっても何のつてもなく漠然と思っていただけだったのですが、偶然、弁護士会の活動を通じてJICAの長期専門家として法整備支援に従事していた弁護士に出会い、法律の知識を生かしながら途上国の発展に協力できる仕事があること、しかも街弁としての幅広い経験が役立つことを知り「これだ!」と思いました。その後、名古屋大学に留学しているアジアの法律家達と交流する機会もあり、ますますアジアでの法整備支援に興味を持つようになりました。もっとも当時は特筆すべき海外経験や語学力もなかったので、実際に長期専門家に申し込むまでは悩みもしました。しかし「今ここで決断できなければ、一生海外で働くことはないよ」といった周囲の温かい(?)励ましの言葉もあり、応募に踏み切り、ラオスでの仕事を得るに至りました。ラオスでの任期を終えた後は、異なる法体系の理解を深めたいと思い、アメリカのロースクールに留学することにしました。

今のお仕事の概要を教えてください。


プロジェクトの女性メンバーとラオスの民族衣装(シン)で。

JICAのプロジェクトでは、ラオス民法典の起草支援、法曹養成における教授法等の改善支援、各種法律の執務参考資料の作成支援を行い、中でも私は法律書の作成を支援しました。ラオスでは実務家が参照できるような法律書がほとんどなく、そのため法律の理解が人によって異なり統一的な運用が図られていないという問題があります。また条文の文言の記憶を重視した法学教育が行われてきたため、条文の趣旨を理解しておらず応用的な問題に対応できない実務家が多いという状況もありました。そこで法律書を作り普及することで全体的な理解の促進を図るとともに、法律書の作成という活動を通じて法的思考に優れた人材が養成されることを目標とし、司法省、最高人民裁判所、最高人民検察院、ラオス国立大学からそれぞれ選ばれたメンバーと私でグループを作り、議論や調査を重ねながら法律書を作成し、その普及活動を行いました。その後の留学では、ロースクールで様々な法律を学ぶ一方、国際開発に関係する公共政策大学院の授業を聴講したりもしました。

どのようなところに仕事の面白さを感じますか。

JICAのプロジェクトでは、メンバーの多くが法律書を作った経験がなく、法律に対する理解も様々だったため、1冊の本を作るだけでも多大な時間がかかりました。しかし議論を重ねる中でメンバーの理解が格段に深まっていくことを実感できたときはとても嬉しかったです。また、条文以外に手がかりのないところからラオス法を理解するのは大変でしたが、ラオスの社会制度を知るにつれ一見不可解に思えたルールに合理性があることを発見したりと知的好奇心を刺激される活動でもありました。最終的にはメンバーとともにラオスで初めての体系的な法律書を作り上げることができ、それがラオス各地に普及されるなど、大きな達成感を味わうこともできました。

アメリカでの留学生活では、最先端の議論を含め興味ある分野を集中的に勉強できたことに加え、30か国以上の国から来たクラスメイト達と様々な話ができた事が良い思い出です。政治の話など仕事上の付き合いでは聞きづらい事もただの友人だからこそ率直に意見交換でき、報道等からでは分からない同世代の本音を聞くことができました。

お仕事で苦労されているのはどのような点ですか。

JICAのプロジェクトでは、最高人民裁判所の裁判官や司法省の幹部職員などメンバーの多くが私より社会的地位も年齢も高く、赴任当初はそのような人々に「専門家」として何か役立つ ことをしなければというプレッシャーや、それが十分できない自分に焦りを感じたりもしました。そのような時「困ったことがあれば言ってほしい。サポートするから」とメンバーから声をかけられハッとしたことを覚えています。国際協力というと何か「してあげる」と思いがちですが、現地のことは現地の人々が一番よく分かっているわけで、私たちは、まず教えてもらわなければ本当に必要な支援はできません。メンバーからは法制度に限らずラオスの文化や社会など様々な事を教えてもらい、その中で次第にラオスの現状を改善するため何をすればよいかがわかってきたように思います。ラオスでの2年間は、専門家としてチームを率いたというより、教えたり、教えられたりしながら、メンバーと一緒になって目標に向かって頑張ってきたというのが実感です。

本法科大学院で学んだことを、仕事の中でどのように活かしていますか。


出張でよく訪れたラオスの地方の村ののどかな風景

神戸大学法科大学院の先生方は、学者としても教育者としても優れた方ばかりで、授業を通じて、法律家として必要な法的知識はもちろん法的思考力を十分に鍛えることができました。これらの法科大学院で身に着けた基本的な力が、日本の実務を行う上でも、そしてラオス法やアメリカ法という異なる法体系を理解する上でも非常に役立ったように思います。また1学年が程よい人数なので、先生方との距離も近く学生同士の仲もよく一体感がありました。先生方や一緒に勉強した仲間達とは今でも交流が続いており、ここで得た人とのつながりは一生の財産だと感じています。

ご自身の将来像をお聞かせください。

帰国後は所属事務所に戻る予定ですが、今後も東南アジア、特にラオスと関わる活動は続けたいと思っています。もっとも10年前には自分が海外にいると想像していなかったこともあり、これからの将来もよく分からないというのが正直なところです。いろいろとアンテナを広げながら、1つ1つの事に真摯に誠実に取り組んでいきたいと思っています。

最近は弁護士業界に関する暗い話題も耳にしますが、私自身は、弁護士が活躍できるフィールドは広がっていると感じていますし、何より自分で自由にキャリア形成できる点は魅力的だと感じます。また新しいことに挑戦しようとする若手に対して先輩方が応援してくれる雰囲気も残っており、私もこれまで様々な方に助けてもらいました。多くの皆さんが弁護士という仕事に興味を持ってくださり、この世界に飛び込んできてくれると嬉しく思います。

インタビューに協力してくださって、ありがとうございました。今後のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。
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