大学院の歩み

公正取引委員会から弁護士へ―世界を見据えて-

渥美 雅之 さん

第1期修了生
森・濱田松本法律事務所・弁護士


ご経歴
2004年 上智大学法学部卒業
2006年 神戸大学法科大学院修了
2006年 公正取引委員会事務総局勤務
2008年 最高裁判所司法修習所入所(新60期)
2010年 弁護士登録,森・濱田松本法律事務所勤務
2015年 シカゴ大学ロースクール(LL.M.)卒業
2015年 Covington & Burling LLP, Washington DC Officeにて執務
2016年 米国連邦取引委員会(U.S. Federal Trade Commission)にて執務
2016年 森・濱田松本法律事務所復帰

現職に至るまでの経緯を教えてください。


神戸大学ロースクールの既習者コースに2004年に入学し、1期生として2006年3月に卒業しました。その年の4月に公正取引委員会事務総局に入局し、5月に司法試験を受けました。合格しましたがすぐには司法修習所には行かず、2年半ほどの勤務の後62期として修習所に入り、現在の事務所に弁護士として入所しました。

公正取引委員会に入られたのはなぜですか。

ロースクールの最初の学期に泉水教授の独禁法(独占禁止法)の授業があり、これを受けて独禁法を面白く感じました。そして経済法実務をより深く知るためには執行担当当局で勤務するのがよいと考え、公正取引委員会(公取委)に入局しました。

その後に弁護士に転身されたのはなぜですか。今の事務所を選ばれたのにも理由がありますか。

もちろん公取委での業務も面白く、後ろ髪をひかれる思いではあったのですが、公取委では、自分一人で担当することのできる業務内容の幅が狭かったといえます。これはどの役所にも当てはまることかとは思いますが、役所に勤めると、配属された課室の所掌業務の範囲内で業務を行うことになり、他の課室の所掌業務を担当したいと思っても組織上それはできません。もちろん、公取委においても定期的な人事異動によって様々な経験を積むことができるとは思うものの、業務の幅の広がりや分野の幅の広がりという観点からは、弁護士の方がよいと感じました。

弁護士になってからの就職先として大規模な事務所を選んだのは、独禁法という性質上大きい会社がクライアントとしていてくだされば重要で面白い案件が集まると思ったからです。また大手四大事務所の中では、ロースクール時代に参加したサマークラークプログラムでお会いした事務所の先生方の人柄がとても私に合っていると感じたことから、当事務所を選びました。

ロースクールに進学するにあたって法律にかかわる仕事を選んだのはなぜですか。

学部時代には外交官も進路の一つとして視野に入れていました。ただロースクールに入って思ったこととして、「外交」というのは他国との関係づくりという点では面白いですが、他国と交渉する内容の部分は外交部門だけでは決めることができず、当該内容を担当する他の官庁があって初めて決めることができます。例えばTPPという外交問題のうちの農業政策の部分は、外務省だけでは決めることができず、農林水産省における政策決定が不可欠だと思います。私としてはそのような政策決定の内容部分にかかわれることをやりたいと思っていました。

また、学部時代に国際商事仲裁のコンペに参加したことがありました。そこでは私は模擬仲裁の弁護士役として参加しましたが、法律を使って主張を組み立てたりすることに面白さを感じたので、これも外交官ではなく弁護士を選ぶ一つのきっかけになりました。

現在のお仕事の概要を教えてください。


分野としては、9割くらいが独禁法に関する案件です。その他1割が、契約書を見たりですとか、コンプライアンスの体制について評価してほしいなどの多種多様な相談事といったものです。弁護士としては分野に限りがありませんので、そういった広い範囲に関するものが残りの1割です。

独禁法の案件は大きく3つの分野に分かれます。1つめは、M&A(企業の合併・買収)を実施するにあたって独禁法上問題がないかを判断する(独禁法における4つの主要な規制の一つである企業結合規制に係る業務)という案件です。時期にもよりますが、現在はこれが私の業務の6割、7割くらいを占めています。2つ目は、カルテル・入札談合等に関与した企業に対して公取委等の競争法執行当局が調査を開始した際にこれを弁護する案件です。これも時期によって異なりますが、現在は2、3割といったところでしょうか。3つ目として、企業による新たなビジネススキームの提案に対して独禁法上問題がないか事前に相談を受ける案件があります。これが全体の1、2割を占めています。

独禁法案件の特色として、国際的な案件が非常に多いことです。M&Aであっても、世界各国で事業活動を行っている企業間のM&Aであれば、世界各国での競争法当局による審査がなされますし、カルテル事案であっても、同一の行為に対して世界の各当局が同時に調査を開始する、といったことがめずらしくありません。このような国際案件では、各国の弁護士と連携し、世界的な対応戦略を検討しなければならず、非常に面白く、やりがいがあります。

お仕事のどのようなところに面白さややりがいを感じますか。

公取委にいたころと比べれば、クライアントの方に感謝されたり頼られたりすることが多いところにやりがいを感じます。公取委の調査などの対象者は処分の対象者なので、感謝はされないですからね(笑)。逆に公取委の調査の対象者となった企業にとっては当然初めての経験で右も左もわからない状態ですから、それを専門とする我々のような弁護士はかなり頼られるので、やりがいがあります。

また、M&Aについて詳しい弁護士の方はたくさんいらっしゃいますが、M&Aに関する独禁法関係について詳しい方はまだ多くないので、その分野について知識経験を持っている者として重宝され、頼られることもあります。

お仕事で苦労されることはどのようなことですか。

忙しいところでしょうか。公取委にいた頃が楽だったとはいいません(笑)。公取委時代、法改正にかかわったことがありますが、その時は弁護士と比べても忙しかったです。ただ、弁護士は、公取委時代に経験した忙しさのピークがずっと続くような状態で、正直しんどいと思うことはあります。ただ、案件として面白いものを担当させてもらえますし、自分が納得いくまで仕事の出来を詰めようと時間を使えばやはり忙しくなってしまうものです。

学部時代と弁護士になられてからの2回留学をなされているそうですが、その理由は何でしょうか。また留学でどのような経験を得られたでしょうか。

学部時代には外交官も視野に入れておりましたので、語学留学という目的だけでなく海外経験を積んでおきたかったからです。私にとって初めての海外在住経験だったので、非常に大変でもありましたが、充実した1年間でした。

弁護士になってからは、シカゴ大学LL.Mに1年間留学し、アメリカの弁護士資格を得ました。その後、米国法律事務所において10か月間勤務し、米国の連邦取引委員会(US Federal Trade Commission)にも勤務しました(たしか池田千鶴先生も同じところに勤務していたと聞いています。)。先ほど述べたとおり独禁法業務が非常に国際化してきており、米国の競争法執行当局、法律事務所において幅広く米国独禁法実務を学びたいと思い、留学を決意しました。帰ってきてまだ1か月足らずですが、早速その経験が役に立ってきています。

ロースクールで得られたことはお仕事でどのように生かされているとお考えですか。


現在では独禁法の案件を中心に仕事していますが、最初に独禁法を勉強したのはロースクールに入ってからですので、そこで学んだことは今でもバックボーンになっていると思います。

また私が法律を本格的に勉強したのはロースクールに入ってからでした。法律を扱うリーガルマインドのようなものはロースクールで身についたものだと思いますので、それは今でも役立っています。私はどちらかというと本を読んで勉強するより議論しながら勉強していく方が頭に入るタイプだったので、いわゆるソクラテス・メソッドに基づき、議論をしながら理解を深めるという形式は、私にとっては非常に有意義なものでした。ただ、なにによって理解を深められるか、議論によってなのか座学中心の方がいいのかは人によってそれぞれだとも思います。

10年後の将来像はどのようにお持ちですか。

基本的には今のままではないでしょうか(笑)。

ただ、今の仕事を次の世代の弁護士に引き継いだときに、自分が何をしているか、何ができるか考えることもあります。新しいことにチャレンジしてみたいですが、それが何なのかは、今まだ明確には分かりませんし、今後の課題だと思っています。

一つ私が新しい分野として面白いと考えているのは、国家間の紛争に関するものです。例えば日本企業が発展途上国で設備投資したところ、その投資が国によって接収されてしまったときに、その企業は国際投資仲裁という制度を利用することができる場合があります。また例えば日本から中国に鉄を輸出するのに対して、中国がダンピングだとして関税をかけたときに、この関税措置についてWTOに提訴することができる場合があります。このような国家間訴訟や外国政府を相手取った紛争の業務に、弁護士として今後携わることができれば、と思っています。

当面は、自分の専門分野を確立しつつ、その中で次の世代になったとき自分のやりたい新しいことを探していくということだと思います。

最後にロースクール進学希望の方にメッセージを頂けますか。

昨今の就職難などの状況を見て、法曹業界にはもう仕事がないのではないかという声もありますが、そうではないと私は思っています。逆に法曹資格者が活躍する場面は今後ますます増えていくだろうと思っています。いわゆる伝統的な「弁護士」の業務のみならず、法曹資格を採って役所で勤務したり、企業でインハウスとして勤務したりするニーズはこれまでに比べて大きく拡大しているという感覚があります。また、最近増えてきたとは思うものの、国際的な感覚を持った弁護士はまだ少ないなと感じるのが正直な実感で、国際案件を積極的に取り扱えるような弁護士のニーズは今後とも増えていくと思います。このように法曹の可能性はまだまだ広がると思っていて、私の感覚ではそれほど悲観するような状況ではないと思っています。ロースクール進学を迷われている方も是非チャレンジしてみてください。

お忙しい中ありがとうございました。さらなるご活躍を期待しております。
インタビュー実施日・場所:2016年9月27日 森・濱田松本法律事務所(東京)
インタビュアー及び記事編集者:髙野 慧太
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