センター紹介

ご挨拶

センター長・曽我謙悟(神戸大学法学研究科・教授)

 これまでの日本は、「ムラ社会」としばしば呼ばれてきました。それは、内部にいる人間同士は言葉にしなくてもわかり合えるものの、その外に対してはきわめて閉鎖的な社会です。そして、日本人の議論下手もよく聞くところです。これは日本人が、自分が所属する集団以外でも通用するような普遍的な論理で説明をすることを求められてこなかったためでしょう。つまり、ムラ社会の住民だから日本人は議論下手でもやっていけたのでしょう。
 しかし、こうした日本社会のあり方は大きく変容を迫られています。社会の多様化、分断化が進展することで、あらゆる社会的、経済的活動が自分の所属する集団の外との関係なくしては完結しなくなっています。もはや内輪の論理でそうした外部との関係を築くことはできません。にもかかわらず、「ムラ」が残存していることが、私たちの社会の閉塞感を高めているのではないでしょうか。さらに、グローバル化の進展を受けて、他国との関係においても、普遍的な論理で自分の意思を伝えることの必要性は拡大する一方です。にもかかわらず、私たちが「議論下手」であることが、今後の国際競争の時代に対する不安感の一因ではないでしょうか。
 こうした現代的な要請に応えるために何ができるのか。法学・政治学の研究と教育に従事する組織として、私たち神戸大学法学研究科・法学部は、これを私たちに突き付けられた課題であると考えてきました。なぜならば、法学と政治学はともに、様々な個人が形成する社会をいかに成り立たせるのかという問題、すなわち、そこに秩序を与え、人々の活動を促進し、問題がおこったときにそれを解決していく、そうした仕組みを誰がどのように決めていくのかという問題を扱ってきたからです。現代日本の課題とは、法学と政治学が追求してきた論理的なコミュニケーションに支えられた公共性を広く日本社会の中に根付かせることとも言い換えられるのではないでしょうか。
 そこで、私たちは2011年6月、新たな組織として「パブリック・コミュニケーション・センター(PCC: Public Communication Center)」を立ち上げることとしました。普遍的な論理を用いながら、公的な問題についての解決策を見いだし、その実現のために様々な利害関係者を説得し、説明を与えていくこと。こうした一連の営みのことを私たちは「パブリック・コミュニケーション」と名付けます。私たちのこれまでの研究と教育の成果を基盤にしつつ、この「パブリック・コミュニケーション」の能力を高める教育を提供することが、PCCの目標です。
 この目標を達成するために、PCCは現在、二つの教育プログラムを実施しています。一つは、「ジャーナリズム・プログラム」。そしてもう一つが、「国際公共人材育成プログラム」です。ジャーナリズム・プログラムは、現役の新聞記者や放送ディレクターを外部講師として招聘し、現在の変動する社会を捉え、分析し、伝えていく能力を実践的に養うための講義を展開するものです。国際公共人材育成プログラムとは、現代日本の抱える公共問題の特徴を捉えた上で、その解決策を探り、さらに英語と日本語の双方で自らの見解を示し、多くの人に伝えていく能力を養おうとするものです。講義のすべてを英語で行うことや、実践的なライティング・スキルを授ける少人数講義など幾つもの新しい試みに取り組んでいます。
 このウェブサイトを通じて、皆さんが、私たちの取り組みについて関心を持ってくだされば幸いです。神戸大学の法学部・法学研究科では、留学生や社会人も含め、こうした問題への関心と能力を持った皆さんに広く門戸を開いています。関心を持ってくださった皆さんには、ぜひ、実際にこうした試みに参加してほしいと思っています。

2011年8月
センター長・曽我謙悟(神戸大学法学研究科・教授)

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